《魔笛》 台詞のなぞなぞ その1
先日、サルダナパルスさんのお宅の記事のコメント欄とedcさんのお宅で、『魔笛』の台詞について話題になりました。
話題になったのは、
パパゲーノが、突然現れた老婆に「年はいくつ」とたずねる場面の台詞です。:
(オレンジ色+緑色の文字部分は、edcさん宅の記事からの引用)
私が頻繁に聴いているスタジオ録音では、緑色の文字の部分はないのですが、ミュンヘン※1のでは、全部しゃべってました。こういう台詞は上演や録音によって、適宜変更されたり、加えられたり、カットされたりするのだろうと思いますけど、楽しい話題でした。他の映像や録音も注意してみたいです。
パパゲーノ「年はいくつ?」
老婆「18歳と2分」
パパゲーノ「80歳と2分ね」
老婆「18歳と2分よ!」
パパゲーノ「18歳と2分?」
老婆「そう、18歳と2分」
※1:エファーディング演出'82ミュンヘンでのライブ映像
好奇心に駆られて私も調べてみた所、この部分、スタジオ録音などではedcさんが仰るように、緑色の部分はないものが多いと思います。ネットでも読めるリブレットにはこのように書いてあるものもありますし、ということは、スタジオ録音ではカットしているのかしら?と解釈しました。
そのあと、音楽の友社出版の《オペラ対訳ライブラリー 魔笛》を持っているのを思い出して、その部分を読んでみました。
この本では、リブレットは総譜=おもにEulenburg版、Breitkopf版に依っているとのことです。こちらでは
Weib: Wie alt?
Papageno: Ja!
Weib: Achtzehn Jahr und zwei Minuten.
Papageno: Achtzehn Jahr und zwei Minuten?
Weib: Ja!
つまり、通常のスタジオ録音と同様の形をとっています。ということは、「Achtzig Jahr? → 80歳と2分ね」は、誰かがアドリブで始めた可能性もあるということですね(^^;
《8月19日追記》
《魔笛》 台詞のなぞなぞ その2 のコメント欄に、助六さんが大変詳しいコメントをお寄せ下さいました。校訂版の背景などもご説明して下さっています。こちらの記事に関連する内容が含まれていますので、引用させて頂きますね。この場を借りて、お礼申し上げます。助六さん、ありがとうございました!
(ブルーの文字は、助六さんのコメントからの引用部分です)
>老婆「18歳と2分よ!」
ベーレンライターの新モーツァルト全集版(1970)を見てみましたが、ヴァランシエンヌさんが言及されているカット箇所は、老婆の「80歳」の箇所以外全部記載されていました。
音符、歌詞、台詞の源泉資料としては、大体1)作曲者・台本作家の自筆稿 2)初演前後に出版された印刷譜(19世紀前半まで仏以外では、総譜は出版されず、ピアノ譜だけ出版の事も多かった)・印刷台本 3)劇場が保管している写譜屋が手書きで作った初演・再演時の演奏用総譜・パート譜 があります。音符・テキストともこれらの諸資料間にはかなりの差があることの方が普通です。音符に関しては、これらの諸資料を校合して作曲者の意図に最も近いと考えられる批判的校訂版を作る作業が相当進んでいますが、歌詞・台詞についてはこうした校訂版は事実上作られていないのが現状です(ヴァーグナーでさえ!)。
「魔笛」についても最も権威があるとされる新モーツァルト全集版でさえ、歌詞・台詞について何を底本にしたのかは、明記されていません。「魔笛」では、印刷台本の方が譜面より前に初演に先立って出版されており(当時の客は予め台本を読んで劇場の出掛ける習慣があったため、作曲終了前に台本が印刷されていたケースは多い)、この印刷台本はモーツァルトの自筆譜とは約50箇所違いがあるそうです。つまりモーツァルトは作曲に当たってかなりのテキストを(特に道徳的教訓部分を)カットしているということらしいです。
「80歳」の箇所にしてもオイレンブルク・ブライトコプフ版に入っていて、新モーツァルト全集版に入っていないと言う事は、「80歳」は初演時源泉資料の一部にはあるとも、あるいは後に習慣化したアドリブが19世紀印刷譜に加えられ、オイレンブルク版はそれを引き継いだだけとも考えられますよね。
…それはさておき、この対訳本では、通常の【魔笛】上演や録音には、めったに出てこない台詞がいくつか出てきます。この「めったに出てこない台詞」を読んでみると、なかなか奥が深いので、いくつかご紹介します。
ちなみに、これらの台詞全てではないと思うのですが、いくつか再現してある舞台映像を一つだけ見たことがあります。それは、'82ザルツブルグでの、ポネル演出の映像 (シュライヤー、コトルバス、タルヴェラ等出演)です。
これはテレビ録画したものを、お友達からダビングして見せて頂いたのですが、DVD化されました。ヨーロッパでは既に発売されています。
その1:パパゲーノの両親って?
パパゲーノとタミーノが最初に出会うシーンでは、タミーノの出自(ってほどでもないかな?^^;)だけが語られますが、実はパパゲーノの出自も、この部分に入っています。
パパゲーノのお母さんは、夜の女王のお城でご奉公していた女性で、彼は自分のお母さんが今も生きているのかどうか、その後どうなったのかは知らないとのこと。
そして自分は、年は取っているが、すごく愉快な人(タミーノは、「それはきっと君のお父さんだネ」と言ってますが、パパゲーノにはわからないらしい)に育ててもらったということしか知らないとのことです。
その2:タミーノの年齢は?
普段語られることのないタミーノの年齢ですが、実は「はたち」だそうです。
これは、2幕1場、ザラストロと神官たちとの対話のなかで、ザラストロがタミーノについて、紹介する際にしゃべっています。
赤字は、通常カットされる部分(カット部分は録音によっても、多少違いがありますが、こちらを参考にしました。ウムラウトはe,エスツェットはssで代用してます)
ザラストロの台詞↓(《オペラ対訳ライブラリー 魔笛》より引用)ミスタイプしてないことを祈ります(^。^;
Tamino, ein Koenigssohn, zwanzig Jahre seines Alters, wandelt an der noerdlichen Pforte unseres Tempels und seufzt mit tugendvollem Herzen nach einem Gegenstande, den wir alle mit Muehe und Fleiss erringen muessen. Kurz, dieser Juengling will ins Heiligtum des groesten Lichtes blicken.
Diesen Tugendhaften zu bewachten, ihm freundschaftlich die Hand zu bieten, sei heute eine unsrer wichtigsten Pflichten.
「二十歳の王子タミーノがこの神殿の北の門を通りすがり、私たち一同が刻苦勉励のすえ到達せねばならぬ目標に、徳高き心をもって達せんとの思いをつのらせています。つまりこの若者は、彼を覆う夜のヴェールを脱ぎ捨て、偉大なる光の聖域を仰ぎ見んと望んでいるのです。
この徳高き若者を見守り、彼に友情の手を差しのべること、これが、こんにち私たちのもっとも重要な義務のひとつでしょう」
ここの神官たちとの対話全体も、通常はかなりカットされていることが伺えます。この後のザラストロのアリア「おおイシスとオシリスの神よ」までに到達するまでにも、随分長い台詞をザラストロはしゃべっています。
…長くなりそうなので、続きはまた明日(^^;
《関連記事》(8月18日 追記)
☆《魔笛》 台詞のなぞなぞ その2
☆《魔笛》 演出の難しさ
☆《魔笛》 本当に入門用のオペラかな?!
☆火付け役(^^lサルダナパルスさん宅の オペラ名演出?迷演出?(コメント欄に注目^^!)&オペラ「魔笛」@スカラ座(1995年)
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コメント
この記事へのコメントは終了しました。
とても興味深い話ですね^^!
投稿: edc | 2005/08/11 06:00
普段よりも訪問者が少ないなぁと思ってたら、お盆休みですね(^^;
州によっても開始時期が違いますが、私の生息地は既に、昨日から新学期が始まりました。学齢期の子供がいない私には直接関係ないんですけど…
対訳本一つで、全てがわかるはずもないのですけど、こんなのもありますよ、という紹介だと捉えて頂ければ幸いです。
投稿: ヴァランシエンヌ | 2005/08/11 22:08
>パパゲーノの出自
お母さんが女王に仕えていた、という話はどこかで見た覚えがあります。でも、父親を認識していなかったとは知りませんでした(笑)
>タミーノの年齢ですが、実は「はたち」
あら、もう少し年上かと思ってました。パパゲーノとの年齢差は8歳ですか~。でも、考えてみれば大蛇で失神するくらいですものね、はたちが限界かなぁ?
>普段よりも訪問者が少ないなぁと思ってたら、お盆休み
ああ、そうですね~!私も論文書いてるし、こっちじゃ冗談みたいに長い夏休み真っ最中なので、日本の祝祭日には疎くなってしまいます。
投稿: Sardanapalus | 2005/08/12 05:05
サルダナパルスさん、お互い日本の暦とは無関係に、頑張りましょうね(^^;
>でも、考えてみれば大蛇で失神するくらいですものね、はたちが限界かなぁ?
まぁね(^^;そうすると、パミーナは17,8歳くらいのお嬢さんってところかな?
投稿: ヴァランシエンヌ | 2005/08/12 08:11
こんにちは。トラックバックとコメントありがとうございました。《魔笛》についていろいろしらべていくと、とても楽しそうですね。ふつうは、あの支離滅裂な物語の解釈が問題になりますが、ひとつひとつの台詞をじっくり吟味していくと、案外、おもしろい発見があるかもしれませんね。
投稿: kalos@Tokio | 2005/08/25 16:50
kalos@Tokioさん、いらっしゃいませ。
もっと突っ込んだ台詞の解釈などもあるかと思いますが、こういう形の調べ物は、義務感がなくて楽しいですね(^^;
面白い話題の提供、ありがとうございました。
投稿: ヴァランシエンヌ | 2005/08/25 22:27
お久しぶりです。
検索していたら偶然たどり着きました。
今台詞のことが非常に気になっているのです。
今とりあえずコメントさせていただいていますが、
これから記事をゆっくり拝見させていただきます。
非常に詳しく書いていらっしゃいますね。
投稿: Cecilia | 2007/07/26 11:57