ばらの騎士@ベルリン国立歌劇場
オペラに出てくるヒロインの中で「最も美しく、誇り高く、知的で魅力のある女性は?」とアンケートを取るとしたら、「ばらの騎士」の元帥夫人こと、マルシャリンはおそらく、トップ3に入ってくるのではないでしょうか。
それなりに酸いも甘いも噛み分けた、分別のある大人の女性。若い恋人が可愛くって仕方がないけど、時は移ろいやすく、迫りくる老いへの不安を憂えつつも、彼に新しい恋人が出来てしまったら、さらりと身を引いて若い二人を祝福…絵に書いたような、理想的な女性像。
…一般的には、こういう感じで捉えられているかと思います。
私はマルシャリンって、非常に内向的な女性だと思うのです。結構わがままで、ナイーブ、さびしがり屋で、ウジウジ考えちゃうタイプ。
「もう、みんな出て行って!一人にしてよ!」と皆を追い出してから始まる一幕のモノローグでは、最初は不躾なオックス男爵に対する怒りから始まって、だんだん「私も若いころは、可愛かったのよね…でも今じゃこんなに老けちゃって、みんなが笑うわ」と、勝手に我が身を卑下して、ネガティブスパイラル。
再びオクタヴィアンがやって来ても「もう一人にして…」と勝手にスネスネ、でも追い返した傍から「キスもしないで帰してしまうなんて」と、またウジウジ。
3幕では、オックス男爵に対しては、虚勢を張り気味に「物事には全て、終りがあるのよ」と言いながらも、
ゾフィーと自分に挟まれて、どっちつかず、やべ…僕どうしよう…とうろたえるオクタヴィアンには、はっきり言えないのに、
(自分とニタモノであることを、瞬時に感じ取ったであろう^^;)イタイケで、モジモジガール(笑)のゾフィーには
「彼が好き…って、顔に書いてあるわよ」って、ちくっと嫌味(笑)も言ってみたり。
「わけしり顔の、貫録、余裕たっぷり」な熟女的マルシャリン(というよりも、まさに「元帥夫人」という呼び名がぴったりな感じ)は、それはそれで、魅力があり、そういうマルシャリンは確かに一つの理想形と思うんですが、
私は個人的に「まだ枯れてないのよ、私…女盛り真っ盛り…なんだけど、でも仕方ないわ…」的な、彼女の女性としての、弱くてウジウジしたイタさと、理性と本能の間で揺れ動く葛藤が、リアルに伝わってくるマルシャリンが好き。
アンゲラ・デノーケのマルシャリンは、まさにその、私のツボにぴったりハマっていて、心を揺さぶられました。聴けて(観れて)本当に良かった。
(これより↓の写真は、ベルリン国立歌劇場サイトより)
彼女はシュトゥットガルトの「ワルキューレ」のジークリンデと、あと一つ何かを映像で見たことがありましたが、痩せていて、あまり華とか色気のあるタイプではなさそうで、なんとなく表情も暗いし…
評価は高いけど、何となく無機質な感じで、よくわかんないなぁ…という印象でしたので、正直あまり期待してなかったのです。
しかし、始まってみると、まず歌の巧さに引き込まれました。ソプラノですけど、持ち役を確認すると、クンドリーやヴェーヌスなど、メゾが歌う役も手掛けていることからも、どちらかというと中低音の充実した響きに魅力を感じました。
でも、高音も決して叫ぶことなく、すーっときれいに伸びる。言葉やフレージングの処理も美しく、ニュアンスも豊かで、一幕のモノローグも全く間延びすることなく、魅了されました。
演技も洗練されていて、現代的…なんだけど、決して下品にはならない。しどけなくシーツを巻いてオクタヴィアンとベッドの上でじゃれ合う姿も、はちきれそうな、ぴちぴちの若さ…ではないんですが、まだまだ、枯れてない。
映像で見た頃よりも、少しふっくらしたように見受けましたが(それでも決して「肉感的ダイナマイトバデー(笑)」ではないんですが)
ほのかに色っぽいんです。しっとりした色気と知性(この二つを両立させるのは実に難しい(笑) 私の理想とする女性像でもあります)が、黙っていてもにじみ出てくるような感じ。
そして、乏しいと思い込んでいた表情も、自然でデリケート。こういう側面を持った人だったのか…!と、びっくりしました。一つ一つの動き、歌に込められた思いが、ビシビシと心に響いてきたのです。惚れました
何が一番響いたか…って、オクタヴィアンに未練タラタラなのが、観ててわかるのですよ。
なりふりかまわず取り乱すとか、そういうんじゃないんですけどね。3幕の、皆さんが鉢合わせした場面で、マルシャリンが微妙に、もじもじと手を動かした瞬間があるんですが、それを見て
「あああ、このマルシャリンって、本当に今が女盛りなんだ…まだ老いを憂えるような段階じゃないんだわ」って。。。
そういう微妙な動きから、彼女のオクタヴィアンへの恋心と執着(笑)が、あまりにもリアルに伝わってきて、切なかったなぁ。
あんな場面でいきなり、若き恋人から(もしかしたら、そういう日が遠からず来るかも…という予感はあったにしろ)
「僕、若い女の子に出会っちゃって、好きになっちゃったんだ」
って、暗に言われたところで「はい、そうですか」だなんて、あっさり心の整理が、つくはずない。
「私が決めたのは、彼を正しく愛すること」って、言い聞かせながら、実は未練いっぱいなあの場面で、ものわかりのいい女性がいるとすれば、それは何かを既に失っている、女の抜け殻のようなもの。
心にも身体(の見えないところも含めて)にも、彼の痕跡がまだ生々しく残っている状態で「諦念」なんて、ありえません。表面的には抑えても、彼と愛し合った記憶、時間…諸々を葬り去ることはできませんもの。
この辺りの葛藤を、デノーケは本当にデリケートに、歌い演じてくれました。
とはいえ、デノーケ・マルシャリンに深く感動したのは、その美しくも生々しいイタさもさることながら、先に書いたように、彼女の歌の巧さが一番の決め手になったわけです。
マグダレーナ・コジェナーは、名前は知ってましたけど、たぶん私、CDや映像でも見聞きした記憶がないので、これが正真正銘お初の鑑賞。
オクタヴィアンは今回が初役ということで、劇場側も、それをアピールした感じでしたが、女声陣では、残念ながら一番存在感が薄かったように感じました。
声が細く、高めのメゾなので、低音部の旋律が聴こえなかったりとか、ソプラノでも中低音に充実した響きを持つデノーケとの重唱では、対比が付きにくいと感じるところもありましたし、役作りもまだ、照れがあるのか?こなれてない感じを受けました。
美しいんですけど、オクタヴィアンに求められる中性的な美しさとは、違うような。
でも、3幕で二人の美女に挟まれて
「両手にブーケってわけにはいかないのよ。どっちを取るのよ?!」
とプレッシャーをかけられる、世の男性には嫌な場面(いえ、一度そういう目に合ってみたい…羨ましい!と仰る方もいらっしゃるかしら?^^;)では
「ったく、男ってだらしないわね( ̄ー ̄)」的なオタオタぶりを見せてくれて、心の中でクスッと笑っていた私でした。
そう、そう。
2幕が始まる前、座席について幕が開くのを待っていると、主人が「おい、あれはサイモン・ラトルじゃないか?」と、3列ぐらい前の真ん中を見ながら言うので、彼の言う方向を見てみると、あら、ホントにラトルが(笑)
奥様のコジェナーの舞台を見に来られたんでしょうね。
一幕では気が付きませんでしたが、実は私の席は、彼の表情を盗み見るのには、うってつけだということがわかったので、その後は要所要所で、ラトルの表情を盗み見ていた、イケナイ私です
さすがにほとんど表情を崩さず~~~でしたけど、劇場でその筋の関係者を、間近で観たのはお初。なかなか愉快な体験でした。
ゾフィーはシルヴィア・シュヴァルツ。リンデンでの「ボリス・ゴドゥノフ」での「えらくグラマラスで、美人なんだけど…」なクセーニャから、確実に上手になっていたリンデン来日公演「ドン・ジョヴァンニ」でのツェルリーナに引き続き、3度目の実演です。
2幕開演前に、劇場係員から「シルヴィア・シュヴァルツは、なんたらかんたら」というアナウンスがあったので、もしや休演?と思ったんですが、体調が優れないけど歌います…という類のものだったのかしら?
これだけ役にぴったり合った美しいゾフィーは、現段階では最強!と言えるかも。
初々しい、少女のまんまのゾフィー。声も「まっすぐ、一途系」なソプラノさんで、役に合っていますから、もう少し歌い込んでくれば、とても良いゾフィーになると思います。
男声陣では、ファーニナルのハンス・ヨアヒム=ケテルセンが秀逸。立派な声と姿で、オックスを凌駕していた感じでした。
舞台は、白を基調とし、ピンポイントに青、黒、赤…が入ってくるというようなイメージ。マルシャリンの小間使い・黙役の黒人の男の子モハメッドを、小人の俳優さんが、マルシャリンの執事…という設定で演じていたのですが、動きが決まってました。
1幕の「テノール歌手」の場面で、何故か歌手が車いすに乗って出てきたのは???だったのと、マルシャリンの寝室と、ファーニナル家の広間を、同じ壁面を使って少しアレンジしただけの(^^;使い回しには「こんなところでケチっちゃだめでしょっ」とか、部分的に小さな不満はあったのですが、
ところどころで「ぷぷっ」と笑ってしまうような芝居もあり、2幕のファーニナル家での、オックスの従僕たちが大暴れしてしまう場面では、全裸の女性を使ったりと、相変わらず微妙にシュールな「オトナ芝居」もあり…の、全体的に洗練された、リンデンらしい演出だと思いました。
オケと指揮は、んんー、ちょっと成り行き任せ的で…時々はっとする音を聴かせてくれるんですが、ゴージャスなシュトラウス・サウンドに身を浸す幸せ~~とまでは至らず。
久々のリンデンでの鑑賞。細かいことを言い出すと、色々あるんですが(^^; 終わってみれば満足。
前から10列目の隅っこの席でしたが、視覚的にも殆ど問題はなく、57ユーロで、あれだけの演奏が聴けるんですから、やっぱり恵まれたオペラハウスです、リンデンは
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《ばらの騎士》@ベルリン国立歌劇場
2009年3月7日鑑賞 1F10列
Die Feldmarschallin Furstin Werdenberg: Angela Denoke
Der Baron Ochs auf Lerchenau: Peter Rose
Octavian: Magdalena Kozena
Herr von Faninal: Hans-Joachim Ketelsen
Sophie: Sylvia Schwartz
Jungfer Marianne Leitmetzerin: Brigitte Eisenfeld
Valzacchi: Peter Menzel
Annina: Andrea Bonig
Ein Polizeikommissar: Fernando Javier Rado
Der Haushofmeister der Feldmarschallin: Peter-Jurgen Schmidt
Der Haushofmeister bei Faninal: Patrick Vogel
Ein Notar: Bernd Zettisch
Ein Wirt: Peter-Jurgen Schmidt
Ein Sanger: Paul O’Neill
Eine Modistin: Enas Massalha
Musikalische Leitung: Asher Fisch
Inszenierung: Nicolas Brieger
Buhnenbild: Raimund Bauer
Kostume: Jochen Herzog
Chore: Detlef Steffen
Staatskapelle Berlin
Staatsopernchor
Kinderchor der Staatsoper Unter den Linden
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コメント
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お邪魔します。私のブログにお立ち寄りいただきまして、ありがとうございました。
リンデンの改修にあたっては内部についてはオリジナルを残すというような話をベルリン中央駅さんのブログで拝見したことがあるのですが、外部はどうなるのでしょう?ちょっと楽しみでもあり、変わってしまう寂しさもありといったところです。
ところでラトルの奥様って誰ですか?デノーケですか?といった音楽無知でございますが、どうぞよろしくお願いします。
私のブログ上、読んでるブログに登録させていただいてよろしいでしょうか?
投稿: kametaro07 | 2009/03/25 13:55
kametaro07さん:
いらっしゃいませ。書き込みありがとうございます。
>リンデンの改修
そうですねぇ。外国人観光客の視点から申し上げると、周囲との景観の兼ね合い上、外観だけはあのままの形を残して欲しいなぁと思うんですが、あんがい現地の人は、余計な思い入れなどなくって、あっさりしたものかもしれませんね。
まあ、歌手の皆さんが気持ち良く歌える環境&観客もワクワクしながら、足を運ぶのが楽しみ…という音楽的レベルが保てるのならば、どういう形を取るにしろ、また改修したあかつきには(たとえ何年かに一度…というスパンであっても)あの劇場で鑑賞したいです。
>ラトルの奥様
記事にこそっと追記しておきました。探してみて下さい(笑)
>読んでいるブログ
ありがとうございます。こちらのRSSにも登録させて頂きました。
不定期更新&オペラ以外の雑多なネタの方が多いですけど 宜しくお願いします。
投稿: ヴァランシエンヌ | 2009/03/25 22:57
胃の調子いかがですか?どうぞお大事になさってください。
私、リンデンの改修について勘違いしておりました。
Wikiで調べたら2009年から改修工事が始まると書いてあったので今シーズンの後だと思ってたら、リンデンのサイトでは2010年と書いてありました。
あと1年この劇場で楽しめます。
行けるか分かりませんが・・・?
投稿: kametaro07 | 2009/03/28 13:42
kametaro07さん:
胃はもう大丈夫です。お気遣いありがとうございます(^^)
>リンデンの改修工事
>2010年
ああ、そうでしたか。では仰る通り、あと一年あそこで楽しめますね
あそこは例年、来シーズンの予定が出るのが遅め(去年は5月中旬だったかな?)ですので、ゆっくりチェックできますね。
投稿: ヴァランシエンヌ | 2009/03/29 09:53
ヴァラシエンヌさん、こちらでは初めてコメントをさせて頂きます(o^-^o)
ヴァラシエンヌさんのとても充実したブログを少しずつ読ませて頂いておりますが、世界各地でのオペラ鑑賞をはじめ、お洒落や美容などの記事も、楽しくて、私も参考にさせて頂きたいと思います。
「オペラに登場するヒロインで、最も魅力的な女性」
私は今までに見た(ほとんど映像ですが)数少ないオペラの中では、やはり元帥夫人(マルシャリン)が、一番素敵な大人の女性像だと思います☆(私が見たのはバーデン・バーデンでのルネ・フレミングですが)
「ばらの騎士」というオペラも、観ていて楽しくて好きになりましたが、やはり元帥夫人の魅力に、とても感激致しました。
これを、ヴァラシエンヌさんは、リンデンで実演を鑑賞されたのですね♪旦那様と二人で、というのもまた素敵ですね!私の夫は、オペラには全く興味が無いので、二人でオペラ鑑賞というのは・・・今後も私は無さそうです^^;
この時のゾフィー役も(私は知らない歌手の方ですが)、まさにゾフィー役にぴったりの、少女らしい可憐な方だったのですね!いいですね~♪写真でもすごく若々しくて可愛らしい方に見えます。
それに、何と観客にラトル氏がいらしたとは!!びっくりですが、さすがベルリンですね♪そのシチュエーションも羨ましいです!
もうすぐリニューアルされるのですよね!そちらも楽しみにしています☆
投稿: klavier | 2011/10/04 16:50
klavierさん:
ようこそいらっしゃいませ(^^) 宜しくお願いします。
>楽しくて
そう仰って頂けると嬉しいです。話を端折ることができないタチなので(故にTwitterには向いてない^^;)色々読んで頂くのにも時間がかかるかと思いますが、過去記事へのコメントも大歓迎ですので、少しずつお読みになって頂けたら幸いです。
元々、オペラはワーグナーから入ったんですけど、今ではドイツ物では、R.シュトラウスが一番好きです。その中でも「ばら」は格別。記事も色々書いてると思いますので、探してみて下さい^^
(検索もしづらいんですよねぇ…すみません。サイドバーの一番上に、検索窓を復活させましたので、そちらを使ったりしてみて、宝探し?!してみて下さい^^;)
>観客にラトル氏
そーなんですよ。オクタヴィアンがパートナーのコジェナーさんだったからだと思うんですけど、私一人だと全然気がつかなかったと思います。私、どうもそういう時に全くアンテナが働かないクチで、いつも夫とか同行者に
「あれって○○さんじゃない?」
と指摘されて初めて気がつくんですよ~~^^;
…ということは、一人旅の時に、そういう方とすれ違っている可能性があっても、全く気がついてない、ということになりますね(笑)
そうそう、この時のゾフィーちゃんは、以前この劇場の専属ソプラノさんだったんですが、現在はウィーンでご活躍中です。
たいへんな美人(&羨ましいほどのナイスバデー)で、可愛らしい声の方なので、応援しているんですけど。。。
(galahadさんも彼女には注目なさっているのです^^)
>リニューアル
はいf(^_^;;;;;;;;;;;;;;;;;)
「ヴァラリンさんは、いつもクチばっかりなんだから!」と、皆さんお思いになっていらっしゃる
(or そもそもそんなことは忘れているw)でしょうけど(笑)
リニュ先では、klavierさんのブログもリンクさせて頂きますね!こちらこそ、今後ともどうぞ、宜しくお願いします。
投稿: ヴァランシエンヌ | 2011/10/04 19:29