追悼:チェーザレ・シエピ(Cesare Siepi:1923-2010)
イタリアの名バス歌手・チェーザレ・シエピ氏(Cesare Siepi)が、2010年7月5日、87歳で永眠なさったとのこと。
私があれこれとごたくを並べるまでもなく、シエピと言えば、20世紀最高のバス歌手でしょう。
オペラをCDだけ(=音だけ)で聴くことが楽しむことができるようになった頃、シエピの深く暖かい低声に、何度うっとりと耳を傾けたことか。
私が初めてシエピを聴いたのは、エーリッヒ・クライバー指揮の《フィガロの結婚》のCDでした。
フィガロは、今でこそ私の大好きなオペラですが、オペラを聴き始めの頃には、その魅力がよくわからない作品でした(というよりも、モーツァルトに馴染むまでに、私はかなりの時間を費やしたので)
いくつか映像を見て、面白さがわかってきたころ、そのCDを買ったのですが…
クライバー父の軽快な音楽の作り方、アンサンブルの美しさにも耳を奪われましたが、シエピの「使用人なのに使用人らしからぬ立派な声、でも少し、お間抜けなのよね」的フィガロに、すっかり虜になりました。
私に「フィガロは、バスが歌う方がインテリジェンスを感じさせて◎」との意識を植え付けさせたのは、そう、シエピ様でございましたの(^^;
まるで低音弦楽器のような声…その声自体が美しいバス…というだけでもありがたい存在なのに、シエピは(録音で聴く限りは)美声に頼ったようなところが全くなく、声をひけらかすような歌い方はしませんし、荘重で格調高い歌い回し+インテリジェンスとユーモアと暖かみが共存しているのが、凄いと思う所以です。
しかも、容姿にも恵まれていたのですから「天は二物を与えず」どころか、一体いくつの「ブツ」を与えたんでしょ。
バスのお手本のような声ですが、私にとっては「ときめき、どきどき、胸キュン気分を想起させる声」というよりも、父性というか、慈悲深さを感じさせる声でもあります。
もしも私が、ティーンエイジャーの頃からオペラに親しんでいたとしたら、親に叱られたり、友達とケンカしておいおい泣いている時などに、シエピの歌声を聴いて、癒されていたに違いありません(笑)
バス好きの私にとっては、本当に神のような存在。紹介したエーリッヒ・クライバー盤の《フィガロ》を始め、良質の録音が色々残されていますし(最近はメトロポリタンに出演していた頃の、放送録音がCD化されてきてますから、そちらの方も今後増えるでしょうネ)
Youtubeにもたくさん魅力ある音源&映像が投稿されていますから、きっとこれからも、シエピはかつての私のような「オペラ入門者」の耳に、新鮮な印象を与え、新たなファンを獲得していくことでしょう。
それにしても今年は、5月にはジュリエッタ・シミオナートさんも亡くなり、録音で親しんできた往年の名歌手さんの中で、飛び切り好きなお二人が天に召されたことは、寂しい限りです。
シミオナートさん追悼の記事は、ぼんやりしているうちに書きそびれてしまったので、ここで合わせて、お二人のご冥福をお祈りします。
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《ヴァラリン的シエピ様のお勧めソフト》
とりあえず思いつくものを上げてみました。また何か思い出したら、追記します。
●フィガロの結婚(エーリッヒ・クライバー盤)
(古き良きウィーンの香り…でも、今聴いても充分、新鮮だと思います。飛び切り声が高くて、おきゃんなスザンナのイメージそのものの、ヒルデ・ギューデンとのアンサンブルが美しい。50年以上前の録音ですが、音質も◎です)
●ドン・ジョヴァンニ(クリップス盤CD、フルトヴェングラー盤DVD)
(シエピと言えば、やはり不世出のDG。クリップス盤は、室内楽的な音の作りに、多少デモーニッシュさの面において物足りなさを感じるかもしれませんが、何度も聴きこむには、このぐらいの方がいいのかも…と思わせる何かがあります。
DVDの方は、YTにも上がっている、有名なザルツブルグでの映像。リマスターのお陰で、時代のことを思えば、随分画質も向上したと思います。CDもありますが、私はDVDでの演奏の方が好きです。重めの演奏スタイルに、好みが分かれるかもしれませんが、一度は見ておくべき映像かな・・・と思います)
●ラ・ボエーム(セラフィン盤)
(「ボエーム」にこんな強力キャストは反則デショ!!と思ったりするんですが(笑) 単なる若者の青春群像オペラで、なんだか馴染めないわ…という方に是非聴いて頂きたい ミミとロドルフォだけにフォーカスすると、あまり面白くなくなってしまう作品ですが、このCDでは、さすがにアンサンブルがすっばらしい。コッリーネだって、立派な「脇役」として男声アンサンブルの中核を担っていることが、よぉ~~~~っく、わかります)
●ドン・カルロ(カラヤン盤'58ザルツブルグライブ)
カラヤンの《ドン・カルロ》はいくつかありますが、私はこれが一番好きです。バスの有名なアリア「一人さびしく眠ろう」は、歌手自身が自分(の歌声)に酔いしれ、ベタベタと演歌ちっくに熱唱されることが多いんですけど、シエピのは、どこかちょっと自分を客観的に見ているような冷静さがあります。やはり、そーいう歌い方が好きなんですね^^;
シミオナートの、格調高く誇り高きエボリも◎。大好きなお二人が一度に聴ける?!私にとっては、そういう意味でも大好きなCDです)
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コメント
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私が初めて手に取ったバス・アリア集がシエピでした。
フィガロやジョヴァンニのアリアはシエピの声で覚えたのです。なのでシエピはわたしにとって、モーツァルト・バスの素晴らしさを教えてくれたとても特別な存在でした。
オペラファンだけでなく、多くのバス歌手たちにも多大な影響を与えた方でしたね。彼の偉業は脈々と若き歌手たちに受け継がれることでしょう…。
投稿: allodora777 | 2010/07/08 00:25
allodoraさん:
>シエピはわたしにとって、モーツァルト・バスの素晴らしさを教えてくれたとても特別な存在でした
あ~~~わかります
この方がいなかったら、フィガロやDGを楽しむ喜びは、半減していたでしょうね。
>オペラファンだけでなく、多くのバス歌手たちにも多大な影響を与えた方でしたね。
そうですね。ヴィノグラドフもシエピのことは(当然ですけど)非常に尊敬し「夢のようなバス歌手だよ」と言ってましたからね。
フェルッチョ・フルラネット氏の追悼文を読みましたが、全てのバス歌手の気持ちを代弁しているかのようでした。
まさに「巨星墜つ」ですね・・;
投稿: ヴァランシエンヌ | 2010/07/08 10:41
ヴァランシエンヌさん
お久しぶりです
シエピさんて、失礼ですが、まだご存命で、つい先だって亡くなられたんですね。
知りませんでした。
私が始めてフィガロのCDを買ったのもシエピさんのですが、指揮がカルロス・クライバーのお父さんということもあって、相当昔のCDという印象が強かったんです。
本当に素晴らしい声で、よく響く弦楽器のようでしたね。
格調高く温かみのある声、歌いまわし、というのも同感です。
あざとさがなく、正攻法で攻めてこんなに魅了するというのは、本当に実力のある証拠でしょう。
私もご冥福をお祈りしたいです。
投稿: straycat | 2010/07/30 17:39
straycatさん:
コメントありがとうございます。
ちょこちょこと、この記事で我が家に辿り着いて下さった方もいらっしゃいますし、ぼちぼちしみじみと故人を偲んでいる方も少なからずいらっしゃるのかもしれません。
録音や録画でしか親しんでないとはいえ、その時の記録はお若い時のままですから、亡くなられた…と聞くと「ん?」と思ってしまいますよね。
87歳ということですから、あちらの男性としては、かなり長寿のほうではないかと思います。やはりお若い時から節制なさってたのが、効いていたのかもしれませんね。
>あざとさがなく、正攻法で攻めてこんなに魅了するというのは、本当に実力のある証拠でしょう。
仰る通りですね。オーソドックスの極みとでも言いましょうか。
フツーにやって、フツーに華やかだったのは、やはり持って生まれた才能でしょうね。
私も改めて、ご冥福をお祈りします。
投稿: ヴァランシエンヌ | 2010/07/30 22:26